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喫茶いかぽっぽ

思ったことを、思いのままに。書きたいときに、書きたいだけ。

概念としての”うんこ”

みんな、”うんこ”は好きか?

恋バナがなぜ盛り上がるか。下ネタがなぜ盛り上がるかご存知だろうか。

そう。誰でも経験があり、誰とでも共有できる話題だからである。

しかし、恋愛経験が無い者もいれば、そもそも男女で微妙にシモの事情は違う。

そう考えた時、この世で唯一、万人にとって共通の話題として共有できるものがあることに今日気づいた。

そう、うんこである。

うんこをしないものなどこの世にはいない。前田あっちゃんも、GACKTも、トランプ大統領も、羽生結弦くんも、みんなブリッとやるわけである。

 

全力で汚い話をしているがもう少し我慢して読み進めて欲しい。

 

皆さんは”うんこ”と聞いた時にそんな想像をするだろうか?

ちょっと脳内に”うんこ”を想像して見て欲しい。

想像した?大丈夫?

 

きっとその”うんこ”はトグロを巻いているのではないだろうか。

 

実際のヤツってちょっと違うじゃ無いですか。

もっとこう、バナナっぽいやつか、うさぎさんみたいにポロポロ系か。

 

なんでこのマキグソスタイルの”うんこ”が定着したのかすっごく筆者は疑問なんです。

調べたところによると江戸時代にはこの形があったらしいし、説によっては平安時代の餓鬼物語という書物ではすでに巻かれているという。

 

実態は違うのに、概念としてこのまきぐそが我々の頭に刷り込まれてるのっておもしろいですよね。

例えば犬という動物はいないわけです。しば犬とかゴールデンレトリバーとか、細かい種類にわければ実在する動物ですが、”犬”という動物はいない。

それでも我々は犬と聞いたら各々が脳内に概念としての犬を思い浮かべるわけです(僕の場合だとしば犬)

魚って言われた時、多分秋刀魚と鯖の間くらいのサイズの青魚を横から見た図を想像しますよね。

そんな魚多分いないんです。

でも、僕らの脳内には概念としての魚がそうやってインプットされてるんです。

なにかをきっかけに、脳内に概念が生まれる。おもしろいですね。

 

概念としてのうんこ。

 

まきぐそなんて存在しないのに、みんなの頭の中に今日も生きるまきぐそ。

 

奥が深いですね。

 

それではお聴きください。森山直太朗で「うんこ」

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